2020年5月3日日曜日

憲法の戦争放棄が生きる今:改憲より生存権の確保に急げ(憲法記念日に寄せて)

 国家という単位の社会の大きなルールを定める憲法という法。改憲に熱心な議論が新型コロナウイルスへの対応ができないのは憲法にその一因があるとして、声を大きくしている。テレビ局が行う世論調査でも、民法の某局の調査では改憲か否かは拮抗しているとしていたのに対し、公共放送では、改憲の肯定的な意見が上回っていると報じている。
  改憲論者の主張の中心は、自衛隊を憲法上に明記することにあると承知している。そこで危惧されるのが、戦争放棄の大原則への抵触である。改めて9条を見ておこう。


 第9条:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 
 前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

  正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。(正義や秩序がそれぞれであるため、基調とするということ自体が難しくなっていることは認めなければならない)
 しかし、国際平和の誠実な希求は、今まさに求められてしかるべきものだ。
 そして国際紛争を解決するための手段として「国権の発動たる戦争」と「武力による威嚇または武力の行使」を「永久に放棄する」のだ。「永久に」という宣言は、まさに日本国民の強い意志の表れとみることができよう。

 となれば、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しないことになるし、国の交戦権もこれを認めない。 実に論理的である。



 新型コロナウイルスの感染拡大が地球大に及び、緊急事態が世界各国で続く今年の憲法記念日。改憲の可能性よりむしろ、この憲法の戦争放棄と平和主義を貫くことの大切さが示されてはいないであろうか。
  たしかに、平和憲法が曲がりなりにも保たれてきた背景には、日米安保条約と米国の核の傘下に軍事的に守られてきたという事実がある。だが、これはコロナ以前の話である。大航海時代以降の植民地主義にせよ、植民地からの独立後の東西陣営の覇権争いにせよ、あるいは、投資と貿易による覇権争いにせよ、大国同士が覇権を争う形の国際秩序の形成の在り方は、抜本的な見直し、あるいは、否応なしに刷新を迫られる。
 武力行使の具体的な主体たる軍隊は、まさに3密の代表格だ。米軍の多くの空母がクラスター化した時、空母は無用の長物となる。これをチャンスと別の勢力が覇権を獲得しようとしても、結局は同じ目に見舞われる。
 覇権を争うために「敵」の存在をある意味でフィクショナルに利用する時代は終わったのである。


 新型コロナウイルスは、リアルな脅威であり、人類共通の敵である。しかも、当面は、共存を余儀なくされる。

 そんな中で、戦争や武力の行使に何の意味があろうか。国家財政逼迫の折、予算を戦争や軍事に費やす余裕はない。

 今、エネルギーを注ぐべきは、覇権の奪取でも、そのための戦争でもない。新型コロナウイルスの感染を抑え、終息へ向かって奮闘努力することであり、ウイルスの正体を突き止め、治療薬やワクチンの開発を急ぎ、また、通勤から移住、あるいは観光から巡礼まで、移動と接触と結合を前提とする生活様式を少しずつでも変えていく努力がまさに求められている。


 こうした全人類が一丸となって取り組むべき事態において、日本国憲法の「戦争放棄」が、まさに時を得ている。この非常事態宣言下にあって、憲法が25条で保障する「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が著しく脅かされている。議論すべきは、改憲ではなく、国民の「生存権」の具体的な実現である。
 ポストコロナあるいはウィズコロナの時代に、むしろ真価を発揮するであろう「戦争放棄」をうたった憲法を変えようという主張は状況も時代を読み違えている。憲法前文は言う。


 われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓う。

 コロナウイルスとの闘いを「全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利」の実現に向け、日本国民がそれぞれの立場で安心して奮闘努力を続けるためにも、いまここで、9条の戦争放棄を変えるわけにはいかないのではないか。むしろ、国際秩序の未曽有の変動時に即した形で憲法の解釈を、そちらの方向にかじを切りなおしてほしいものだ。
 覇権とか核の傘とかが以前のような意味をなさなくなってしまう時代。メディアに流されることなく、「すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を謳っているのも日本国憲法であることを確認しておきたい。

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